ちょい加筆【つぶやき】パラドックスありき。

おはよーございます。
自己探求セラピスト&大阪のタロット占い師:樹実(いつみ)です。
今日は、癒す側と癒される側におこるパラドックスについてのお話です。
このブログを呼んでらっしゃる方の中には癒しのプロの方もいらっしゃるし、
癒されたい立場の方もいらっしゃることと思います。
なんかの参考になれば(多分ならない!?)なと思います。
ここでいうパラドックスとは、
「ジレンマ」、
「矛盾」、
「意図に反した結果」、
「理論と現実のギャップ」
みたいなものでしょうか。
そんな難しい話をしたいわけではないんですよ。
ただこのパラドックスを意識しているかどうか?で
セラピストとしての容量?強度?みたいなものが、
変わるんじゃないかなーってお話をしたいと思います。

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例えば、私たち占い師というのは占いの結果を基に、
「こうしたほうがいい」「こうあるべき」
という提案をどうしてもしてしまうし、求められます。
セラピストとして。ココロの不調も何とか治してあげたいと思う。
ほんで、なんらかのアドバイスをします。
これは勿論、絶対的ではないのですが、悩んでいる方にとってはそれが唯一の方法のように
映ってしまうんですね。
だって自分で答えが出ないから占い師やセラピストになにかを求めるのですものね。
プロはその辺のお気持ちを汲み取りながら、あーだこーだと言うわけです。
このくみ取り方はセラピストさんや占い師さんの感性によって違ったりします。

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私の場合は、根本的には、
「こうしてもいいし、しなくてもいい」と思っています。多くのセラピストさんがそうかも知れませんね。
もっと突き詰めると、
「悩んでもいいし、悩まなくてもいい」って感じでしょうか?
なぜそういうことにしているか?…ということは後に書くとして…
でも、現実は、
目の前の人が困っている、哀しい気持ちである、
傷ついている…。わけです。
そこで、先程の
「悩んでもいいし、悩まなくてもいい」
「傷ついてもいいし、傷つかなくてもいい」
「ああやってもいいし、しなくてもいい」
に立ち返ると…
そう。
「放置してもいいやん、放っておいたらいいやん。」
と言っちゃっても良い訳です。
だって悩んでいてもOKなワケですから。
ん?????
これが私のいうパラドックスです。(@Д@;

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話は変わりますが、もしクライアントであるあなたが自暴自棄になっていて、
「うわーもうどうなってもいい~!」ってなってしまい、
例えば、私の目の前で万引きとかしようとしちゃったりする…
そんな場面で、果たして私は、
「盗んでもいいし、盗まなくてもいい、好きにしたら?」
と余裕ぶっこいていられるでしょうか?
否!
「なにやってんねーん!!!!」
いうて、めっちゃ突っ込むし、怒るでしょう。
場合により放置するときもあるけど…。ヘ(゚∀゚*)ノ

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そして、なぜあなたが万引きなんてしようと思ったのか、
理解しようとするでしょう。
それを理解して、共感できれば、
あなたが何を欲しいのか?
どこが痛むのか?
…がきっと解ると思うからです
その方の感情に寄り添う時、その為に必要なのが、
「盗んでもいいし、盗まなくてもいい」という概念なんですね。
つまりプラスマイナス・ゼロの所に自分の価値観を置くように心がけるわけですね。
これ、プロならやってはると思います。
でも、絶対的にどんな悩みも・人も受容するために自分はセラピストとしてゼロ(真っ白)で居続けないとだめ!
ってめっちゃ自分に「ゼロ」を強いている人もいるかも!?
…と思うのは私だけでしょうか。

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じゃあ、一方、悩んでいるクライアントさんを目の前に
私はプラスマイナス・ゼロ=白紙
になれるかどうか?
ここにも、またパラドックスがあります。
だって、私だって色々な価値観を持っているし、主観もあるし、
真っ白なキャンバスになろうとしても、
「私やったら、水色でパーーっと描くのに…。」
とか思うでしょうね。
じゃあ、他人のことを理解できないか?
というと必ずしもそうでもない。

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その人がすごく悩んでいて何色で、描きたいのかわからなくなっていても
決して
「何悩んでるのよ!水色がいいって決まってんじゃん!」とはいわず、
「あなたにはピンク色で書きたいのかもねー」
ってところまで答えを引き出してあげることは出来るしね。
なにがいいたいのか自分でも解らなくなってきたぞ…。

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そうそう、☆一つは答えは自分の中にある!ということがいいたいのと、
☆自分が何を欲しいか解っているだけで、問題からは抜け出せることっていうのと、
☆「何を欲しいか」は多種多様であること…てことかな。
☆その欲しいモノを自分にあげることにOKしてあげること!
(ここが肝心!)
☆あるがままに見るのが「大切」であること。
だと思います。
占いやセラピーで引き出す結果や答えやメッセージは、
あなた自身が元々持っているものが、表面化しただけということ。
なんかとてつもない偉大なモノからのお告げで、
その通りにしないと、ダメだよ!ってことではなく、
もし、偉大なモノからのお告げであっても、
好きに受け取ったらいいんです。
ふふふ。
ややこしいか?
それともう一つ言いたかった結論。
だから私はパラドックスあったまま、セラピストやってもいいと
思っています。

それが人間らしいでしょう?
「なんでもやっていいで~ ありやで~」といいつつ
「それはあかーん!」ていうと思います。

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そう、
だって親が子に接する時ってそうでしょ?
子供がいくら悪事をはたらいたって、
やったことは許さないけど、一方で、存在自体は絶対的に許してるでしょ。
(一般論ね)
親だったら受け取らざるを得ないからね。
でも、親という役割だけでそれをやっているワケじゃない。
そう、何故出来るか?
「…ホニャララ」だから出来る!訳ですよね。多分。

↑ これは人によって表現が色々なので、敢えて「…」にしてみました。

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質はちょっと違うかも知れないけど、
そういう関係性が、癒す側と癒される側にもあるんだと思います。
もちろん色々な価値観を受けとめる…、
否定はしない…というスタンスではありますが、
そこにパラドックスがあっても良いと思うんです。
そう、何故出来るか?
「…ホニャララ」

があればいいんちゃうかな。
それが人間らしいってことで…。
セラピストとしては、
それが如何に良いと思っても、自分色(=価値観)を押しつけた結果クライアントさんにマイナス影響がでることが問題ではあるけど、
自分の色を持っていたり、出してはいけないワケじゃないと思うんです。
大前提として、クライアントさんありきの「癒し」なので、
まずはその人の色を映し出す、白色であろう!

とするのがセラピストとしての姿勢であるべきなんでしょう。
一方、そのセラピストの色=価値観が、目の前に人に必要なときもあるかも知れない。
不要なときもある…。
クライアントさんとの出会い・セッティングを真に信頼していれば、(つまり自己信頼)
自分の色もほんのりでちゃって自然かなと思います。
自分の色に全染はあかんですが。

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すげー、適当なまとめですが。
この世の中の真実は誰にも解らないけど、
その人が持っている真実っていうのがわかれば幸せになれるよねーっ てこと。
だから、人間らしく生きて、人間らしく幸せやったらいいよねー。
っていうのが私の今持っている答えです。
物質世界に生きている、人間くさいセラピストでありたいです。
ちょっとぐらいクサーイ臭いがする感じ。
樹実@ちょっとクサイ臭いのするセラピスト
樹実@アドバイスあったりなかったりの占い師
…てなるねぇ。
イメージ的にいかがなものか…。集客的にいかがなモノか…?(半分冗談で、半分本気です~)

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いやいや、私のブランディングの話はどうでも良くって…
物質世界で、セカセカ生きている私たちだから、持てる幸せもある。
そう思います。
それにだからこそ、この世では、
がんばって色々なことに挑んでいる人が輝いて見えるんじゃないかなあ。

あなたはどんな幸せが欲しいですか?どんな感情で満ちあふれていたいですか?
それがわかればもう、既に幸せなはずです。
ふふ。
素敵なイブを!
ペタしてね

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